![]() ── 眞鍋博士の名前について考えた▼眞鍋博士の名前 今年のノーベル物理学賞は、日本人の眞鍋淑郎(まなべ・しゅくろう)博士が受賞することになった。1969年、気候モデルに関する研究で世界で初めて大気循環と海洋循環とを組み合わせた「大気海洋結合モデル」を発表した業績に対するものである。大変嬉しいニュースであった。 テレビニュースで眞鍋博士のインタビューを見ていたら、アメリカでは名前の「しゅくろう」が発音しにくいので“スキ”(suki?)と呼ばれている、という意味のことを話しておられた。 それを聞いた私は“しゅくろう”がアメリカ人にとって発音しにくいとは到底思えなかったので、おそらく他国の人の耳慣れない名前が覚え難いから単に短くしただけのことだろうと考えた。それにしても、短くしたら“suki”になったというのはどういうことだろうか、と益々納得がいかなくなってしまったのである。 そんな疑問をいだきながら数日が経過したのち、私は或る事にハタと気が付いたのである。もしかしたら‥‥、そうだ(!)調べてみよう。私は眞鍋博士の英字の名前表記を確かめることにした。インターネット上で検索するとノーベル物理学賞のページ(https://www.nobelprize.org/prizes/physics/2021/manabe/facts/)では“Syukuro Manabe”となっているではないか。 なるほど、眞鍋博士は自分の名前を“Shukuro Manabe”ではなく“Syukuro Manabe”と表記していたのだ。これでは欧米人には読めない(!)だろう。“Syu”をどう読んだら良いのか、あるいはどう発音したら良いのかと迷うことになってしまう。“y”を無視して“Su”とすれば“sukuro”,“suku”あるいは“suki”などと短くすることができるであろう。私は他人の名前の読み方について勝手に推測し、勝手に納得しようとしていた。 私は小学校の時代に、日本語の発音をローマ字表記する方法を学んだ。後年、その表記法を「ヘボン式」と呼ぶことを知った。「ヘボン式」では「しゅ」のような拗音(ようおん)は“shu”と表記することになっている。一方、「訓令式」と呼ばれる表記法もあり、この方式にしたがえば「しゅ」は“syu”と表記する。眞鍋博士は、どうやらこの方式のローマ字表記法で育った世代だったのではなかろうか。 なお、訓令式とヘボン式の主な違いは次の表のようになる。 眞鍋博士も小学校時代にヘボン式を身に付けていたら、アメリカでは“shuku !”とか“shukuro !”などと呼ばれていたに違いない。 ▼私の名前 私が眞鍋博士の名前に拘った理由は、その発音が私の名前と似ていたからである。実は私の名前は“恂”と書き“しゅん”と読む。私はこの名前で呼ばれるのが嫌いだった。後ろに“君”を付けて“しゅんくん”などと呼ばれると、何か中国人の名前のようで気に入らなかったのである。 小学校の時代には自分の名前をローマ字で表記する機会があると“syun”と書いていたこともあった。しかし中学生となり英語を勉強するようになってからは、しっかりとヘボン式表記法を身に付けて“Shun”と表記するようになっていた。 企業人になってからは、仕事の上で外国人に会う機会が出てくると会社では名刺の裏面が英語表記で印刷されたものを作ってくれる。そこでは常に“Shun Kinoshita”(*1)というつづりを使うようになった。これは今に至るまで変わることはない。 【注】(*1)最近日本では自分の名前をローマ字表記するとき <姓> , <名> の順に書くことが推奨されているらしいが、私は first name を last name の位置に書くのは不自然な気がするので実践する気にはなれないでいる。初めて海外出張でアメリカに住むようになったとき、仕事場では仲間から“Shun”という名前で呼ばれるようになった。日本人は自分の名前はこう呼んでほしいなどと厚かましく他人に注文を付けたりはしない。大抵はアメリカ人の方が勝手に呼び易いニックネームを付けてくれるので、それに任せるのが普通である。私の場合は、名前が発音し易かったからであろうか、私の名(first name)がそのまま使われていた。アメリカの何処へ行ってもそれは変わらなかった。 私の友人たちで長くアメリカに滞在している連中は、自分のアメリカ製ニックネームをミドルネームとして名刺に印刷している者もいた。私も素敵なニックネームを付けられたらそれをミドルネーム風に使いたいと思ったのだが、願いは叶わなかったようである。 アメリカ人のニックネームの付け方は、単に first name の先頭文字を採用してアメリカでよく使われるニックネームで代用することが多い。日本名が“K”で始まると“Ken”あるいは“T”で始まると“Tom”という具合である。これではびっくりするような命名は期待できないようである。私は“Shun”で良かったと思ったものだ。 ニックネームの付け方は、総じて短い名前にすると便利であるらしい。3~4音程度の方が呼び易いからである。先頭にアクセントを置き、遠くから声をかけるときは大きな声で一部長音を交えて少し長くすると呼び易くなることを学んだ。“Shu...n !”という具合である。 私は毎日のように“Shu...n”と呼び掛けられていると、やっと自分の名前にも慣れてきたような気がした。オフィスの長い廊下の先にコーヒーメーカーが置いてあるコーナーがあるのだが、その場所に居た仕事仲間のアメリカ人が遠くから私を見つけて「 ▼ポーランド人の名前 話は大きく飛ぶが、コンピュータのソフトウェア開発に詳しい人なら「逆ポーランド記法」というのをご存じかと思う。特にプログラム言語のコンパイラ開発に携わった人なら必ず知っておく必要のある記法である。 ポーランド記法(Polish Notation)というのは、数式やプログラムを記述する方法の一種で、演算子(オペレータ)を被演算子(オペランド)の前に記述することによって括弧( )を用いなくても演算の優先順位を表記できるようにした記法である。コンパイラ開発で必要となるのは演算子を後に置く「逆ポーランド記法(Reverse Polish Notation)」の方であるが、これを考案したのは、ポーランド人の論理学者 Jan Lukasiewicz である。この英字表現では本来のつづりを正確に表すことができないので1字間違っている(正確には以下を参照されたい)。発音の方も難しくて、日本語のカナ表現で書くと“ヤン・ウカシェヴィチ”がそれに近いと思われる。 本来であれば、彼の名前を冠した “ウカシェヴィチ記法(Lukasiewicz Notation)” と命名される名誉に浴したはずなのだが、そんな難しい名前では誰も読めない(!)として、生みの親がたまたまポーランド人だったことから“ポーランド記法(Polish Notation)”とされてしまったのである。 業績として名前を後世に残したければ、自分の名前が容易に読めて かつ誰でも簡単に表記できるつづりであることが望ましい。それだけでも、かなり有利となることが分かる。 しかし自分の名前というものは、大抵は自分一人では決められないものである。私は兼ねがね親から一言事前に相談があって然るべきだと思っていたのだが‥‥。 業績が名前の如何で決まるのは困るが、本当に必要とされるのは専門分野の研究に向いている若干の才能と、長い長ぁ~…ぃ努力の時間とが必要であることは言うまでもないことであろう。 ![]() |
2021年11月1日月曜日
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