2010年4月22日木曜日

花粉症

 環境省が、今春の花粉の飛散が終息する時期を発表した。それによると、地域によって多少の違いはあるものの概ね4月下旬には終息するそうである。花粉症に悩まされる季節もこれでやっと終わることになる。私は毎年、花粉症で悩まされてきたが、意外なことに今年は何の症状も出なかった。私にとってこれは特筆すべき出来事なのである。この様な経験は今までに一度としてなかったと記憶している。なぜそうなったのか、その原因をつらつらと考えてみた。

 以下のような原因が考えられる。
(1) 花粉の飛散量が例年に比べて劇的に少なかった
(2) 年齢を重ねたので症状が出なくなった
(3) 新しい点鼻薬を使ったことによる効果
(4) 寝具に付着するハウスダストを徹底的に取り除いた

 まず(1)の飛散量だが、今年はニュース等であまり花粉のことが取り上げられなかったような気がする。それは飛散量が少なかったからなのか、それともインフルエンザ等の他の出来事が多かったせいなのか、そこのところはよく分からない。多分、今年は飛散量が極端に少なかったのではないかと思う。

 (2)の年齢によるものかもしれない。噂では、ある年齢(人により異なる)に達すると突然症状が出なくなり全快してしまうという経験談をよく耳にすることがある。私もそういう年齢に達したのかもしれない。もしそうなら嬉しいことなのだが。

 次に(3)は、治療薬の進歩によるものである。毎年、医者から薬を処方してもらっているが、残念ながらそれが効いているという実感はまるでなかった。それでも毎年薬をのみ続けてきたのは、もし薬をのまなかったらもっと症状が酷くなっていたかもしれない、という思いがあったからである。薬をのんでいたからこそ、症状が軽くて済んでいたのかもしれない。のみ薬の他に、時々は点鼻薬を処方してもらったこともあるが、これはすぐ薬がなくなってしまい、まじめに使い続けてきたとは言えない。
 ところが今年は、一日一回(左右交互に1噴霧ずつ2回で、計4回)の噴霧で1容器当たり4週間(!)はもつという薬を処方されたのである。怠け者の私には最適の薬である。これを真面目に噴霧し続けてきた。朝1回「シュッ、シュッ」とやればそれで終わりである。この薬による効果が出たと思いたいところだが、それではあまりにも劇的過ぎる。そんなに急に効く薬はかえって心配になる程だ。

 最後の(4)について、これは布団、毛布、タオルケット等に付着しているハウスダストがアレルギーの原因になると言われているので、それへの対策をしたのである。
 寝具の手入れ交換等は、昔から家内にまかせてきたのでその点への私の関心は薄かった。ところが、ここ数年家内は病気でそういうことが一切できない身になってしまった。そこで、家内の指示にしたがって私が一人でやっていたのである。季節ごとの布団、毛布、タオルケットの入れ替えは、ほこりを吸い込まないようマスクを着けて作業するほどの注意を払ってきた。ここ数年、それを続けていながら、私は気が付いていない点があったのである。

 私のアレルギー症状は春と秋の2回、季節の変わり目に起こることは以前から知っていた。しかしそれが、寝具を入れ替えた直後に起こっていたことに迂闊にもまるで気が付いていなかったのである。自分で入れ替え作業をするようになって2~3年経ってから、ハタと気が付いたのである。なぜ今まで気が付かなかったのか。実に迂闊であった。
 これは寝具に付着しているハウスダスト(主に家ダニの死がいであると言われている)が原因でアレルギーが起こっているに違いない。夜、寝ようとして寝床に入ってから具合が悪くなることがしばしばあったことも思い出された。そこで、布団を入れ替える時に、強力な掃除機を用いて徹底的にハウスダストを除去することにした。布団や毛布の裏と表を、それからベッド周辺を徹底的に掃除することにした。これが功を奏したのかもしれない。

 これらの原因と思われる項目の内、いずれが花粉症の発症を防ぐ上で効果があったのか、今のところ定かではない。しかし多分、来年にはある程度明らかになるのではなかろうか。私の予想では、(3)(4)のいずれかではないか、あるいはその両方かもしれないと思っている。
 しかし、往々にして問題の原因が複合的に関わっていることがよくあるものだ。一つの原因で、事がすべて解決するという程単純なケースは稀ではないかとも思う。私が関わってきたコンピュータのソフトウェア開発という分野では、トラブル発生の原因は、大抵は各種の要因が複合的に問題解決に関わっていることが多かった。その教訓に従えば、そう単純に物事が解決するとも思えない。来年もまた根本的な解決には至らない恐れもある。

【追記】本文のリライト版【素歩人徒然】「原因の究明」も参考にしてください。

2010年4月5日月曜日

ウイルス感染 と 感染恐怖症候群

 3月26日、厚生労働省は新型インフルエンザの集団発生に関する観測を当面休止すると発表した。新型インフルエンザの大流行も、やっと一段落したようである。

 確か、昨年の暮れの頃は新型インフルエンザが日本に上陸し、その流行が本格化した頃であった。その結果日本では、誰もが感染を予防することで必要以上に神経質になっていたように思う。私も、ウイルスが日一日と我が身辺に迫りつつあることを実感したのを覚えている。もしウイルスが我が家に侵入してくるとすれば、それは同居する孫が幼稚園からもらってくるケースが最も可能性として高いと思っていた。

 ウイルス感染を予防するには、外出時のマスクの着用、帰宅時の手洗いと嗽(うがい)の励行が言われている。しかしマスクを着けてもウイルスは防げないという説もある。手洗いも、かなり綿密に洗わないと意味がないらしい。その結果手の洗い過ぎで皮膚科に来る人が増えたという話を、後になって聞いた。私も、電車の中で吊革を握るのさえ躊躇したのを思い出す。これは 過度の反応、神経質 と言えるであろう。

 電車の中で、酔っ払った年輩の男が二人連れの女学生に向かって「お前らが不潔だから感染するんだ!」などと悪態をついているのを目撃したことがある。その時期、学生を中心とした若者から感染が広がっていたからである。集団生活で接触機会の多い学生が感染源となったケースが多かっただけのことなのだが(誤解、偏見)。

 一方、私の勤め先の大学では、学生がインフルエンザ病欠の証明書を私の所へ持ってくるようになった。その証明書を受け取りながら(恥ずかしいことに)私はいささかひるんでいたように思う。もちろん、そんな用紙からウイルス感染するはずがないことは十分に承知していたのだが(偏見)。
 教室の出入口には常時、速乾性の消毒液が置いてあるのだが、私は決してそれに手をのばすことはなかった。学生達を前にして、あまりに神経質になっている自分を見せたくなかったからである。ウイルス感染など少しも恐れていないという風な顔をしていたかったのである(神経質、見栄)。

 そうこうする内に、とうとう我が家にもウイルスが侵入してきた。それは孫ではなく父親(私にとっては義理の息子)の方からであった。
 その時点で私が考えたのは、これはまずいぞ。もし自分が感染したら授業を2~3回は休まなければならなくなる。下手をすると私の科目が取れないため単位不足で卒業できない学生が出てくるかもしれぬ、という心配の方であった。受講する学生が感染するのと違い、先生が感染したのでは受講者全員に影響する事態になってしまう。休講にしないよう無理をして、かえって感染を広めてしまうことも起こり得る。それに何よりも、先生が真っ先に感染しては、何ともみっともないという気持ちの方が強かった。病気で体調を崩す心配よりも、他人に迷惑をかけるのではないかという心配、あるいは他人からどう思われるかという心配の方が先だったのだ。幸いにして、それ以上家族に感染が広がることはなく、事なきを得たのであるが(過度の心配、見栄)。

 その時の経験から、私はウイルス感染を防ぐのは本当に難しいと実感したのである。ウイルスという敵は目に見えないので、どこから襲ってくるか分からないからである。それに比べ、コンピュータウイルス(eウイルス)の方なら何とか予防する手立てはある。敵はどこにいるか、プロの眼で見ればある程度分かるからである。その点インフルエンザウイルスの方は、まったく手の施しようのない極めて厄介な存在であるように思えた。

 ソフトウェア開発の仕事をしていた頃のことだが、コンピュータウイルスに感染した場合には、その事実をIPA(情報処理振興事業協会)に報告することになっていた(現在はIPA/ISEC(情報処理推進機構 セキュリティセンター)が行っている)。コンピュータウイルスがまだ今ほど多くなかった頃、その集計結果を一度見たことがあった。それによると、2000年から2001年頃にかけて急速に件数が増加していた(図参照)。ところがその件数の多くは「コンピュータに感染する前に検出された」という分類になっていて、「コンピュータに感染した」と報告された件数はそれ程増えてはいなかった。それを見て私は不思議で仕方がなかった。そんなはずはない。これは私の推測だが、恐らくコンピュータがウイルスに感染したという不名誉を隠すため、かなりの件数が「感染前に検出された」という分類で報告されていたのではなかろうか。

 プロのソフトウェア開発者にとって、コンピュータウイルスに感染するというのは大変に不名誉なことである。普通彼らは、感染しないために何をしたらよいかの教育を受けている。その教えにしたがって、感染予防策を日々講じていなければいけないのだが、それを実行していないいい加減な開発者もいる。これはある種のしつけ、マナーのようなもので、それが実行できないようでは“プロの技術者”とは言えない。いい加減な対応によって開発されたソフトウェアが、ウイルス付きで出荷されてしまったという事例もあるくらいである。そうなると会社の信用に関わることにもなる。

 ソフトウェア開発の仕事から離れて以後も、私はこのしつけ・マナーを忠実に守ってきたので、幸いにしてコンピュータウイルスに感染したことはない(こんなことは大声で自慢することではないが)。しかし、今回のインフルエンザ感染の騒ぎを通じて(これは、本物のウイルスの話であるが)実際に感染した人の心理を考える機会を持つことができた。同時に、感染していない人の心理も(!)考えさせられたような気がする。

 日本人の何パーセントが新型ウイルスに感染したのかは知らないが、感染しなかった人も、やはり同じように“感染していた”のではないかと思う。彼らは(私も含めてだが)間違いなく“感染恐怖症候群”に罹っていたのではないか。
 感染恐怖症候群は特に伝染力が強く、その典型的な症状は上記の私の症例、つまり
 ・極端に神経質になる
 ・自分が感染したらどうしようかと思い悩む
の他に、次のような症状をていすることが多い。
 ・感染者を(特に若者を)非難、差別する
 ・手を洗いすぎて皮膚科のお世話になる
 ・外では物に触りたがらない
 ・マスクを買い占める
 ・初対面の人の前でも決してマスクをとらない
 ・………

 これからは、インフルエンザの流行する時期になると必ず“感染恐怖症候群”の患者が多発することであろう。感染恐怖症候群に罹らないようにするには、早めにインフルエンザに罹ってしまって“免疫力”を得るのも一つの方法である。しかし“免疫力”だけでは不十分で、同時に“感染者の心理”も学び取ることが必要であろう。

【追記】本文のリライト版【素歩人徒然】「ウイルス感染」も参考にしてください。

2010年3月23日火曜日

eウイルスと雑菌

 新型インフルエンザウイルスの大流行は、やっと一段落したようである。今から思うと、あの騒ぎは一体何だったのかと思うことがある。

 一般に“ウイルス”と言えば、インフルエンザウイルスに代表される生物学的なウイルスのことであるが、この世にコンピュータウイルスが登場してからは、単に“ウイルス”と言っただけではどちらを指すのか曖昧になってしまった。もちろん多くの場合、前後の関係から判断してどちらを指すかは容易に判断できることが多い。しかし、たとえば文章の中に“ウイルス”という語が出てきたとき、どちらを指すのか分かるまでにはかなり文脈をたどらなければならないこともある。そこで、正確さを重視してコンピュータの場合には「コンピュータウイルス」と書くことにしたのである。

 ところが、コンピュータウイルスの知識が世間に広まるにつれて、特に断らなくても“ウイルス”と言えばコンピュータウイルスを指すと理解されるようになってしまった。つまり、生物学的なウイルスよりもコンピュータウイルスの方が、我々には身近な話題になってしまったのである。これが良いことなのかどうかは分からない。
 そこに、新型インフルエンザウイルスが登場し、世間を騒がせる事態になった。そして生物学的ウイルスの方が、再び我々にとってより身近な存在に返り咲いてきたのである。

 これからは、単に「ウイルス」と言えば、インフルエンザウイルスが流行る時期は、インフルエンザ等の生物学的ウイルスを指し、コンピュータウイルスが猛威を振っている時期はコンピュータウイルスの方を指す、と巧みに区別しなければならないことになった。これは、かなりやっかいなことである。
 そこで、後発のコンピュータウイルスの方が一歩譲って、これからはコンピュータウイルスは eウイルス と書くことにしてはどうかと思うのである。「eブック」、「eラーニング」、「eメール」、「eコマース」等の前例があるではないか。

 しかし生物学的ウイルスの複雑・精緻な構造に比較して、コンピュータウイルスの構造はいかにも粗雑である。あれは“ウイルス”などと呼べる代物ではなく、精々が“雑菌”程度のものではないかと思う。世のクラッカー達は、あんな雑菌程度のもの(「e雑菌」と呼ぶべきか?)を喜々として作り、自慢げにまき散らしたりしている。まさに笑止千万!ではないか。

【追記】本文のリライト版【素歩人徒然】「ウイルス感染」も参考にしてください。

2010年3月8日月曜日

怒りの感情を抑えるには

 自分の感情、特に喜びや、悲しみ、怒りなどの激しい感情を抑制するのは大変に難しいことである。私の場合、怒りの感情を抑えるのは特に難しいと実感している。抑制できずに随分と失敗を重ねてきている。

 一般に自分の感情をコントロールするには、まず他人に話して同感してもらえる程度にまで、自分の感情を抑制し平静さや落ち着きを取り戻すことが必要である。
 自分の気持ちを聞いてくれて、それをよく理解してくれそうなのは、やはり肉親あるいは友人など自分の周辺に居る人たちであろう。理解してもらえる可能性の高い順に並べると、
 (1)肉親
 (2)友人
 (3)知人
 (4)見知らぬ他人
のようになるのではないかと思う。
 インターネットの時代では、(4)の見知らぬ他人に理解してもらうことが可能となった。人によっては、(1)(2)よりも(4)の方が、よりよく自分を理解してくれると思う人が増えてきている。しかし、この方法には危険もともなうのである。

 自分の周辺に(1)(2)(3)に該当する人が居なければ、最初から(4)に頼ることになる。インターネット上で、運よく心を癒やしてくれる見知らぬ他人に出会えればよいが、必ずしもそうはならない。出会った人が同感してくれないかもしれない。逆に攻撃されてしまったりもする。あるいは、誰も話を聞いてくれなくて、結果的に無視されてしまうことも起こり得る。そうなると、もはや相談できる相手は誰もいなくなってしまい、逆に怒りや悲しみに火がつくことにもなりかねない。

 我々は、怒りや悲しみに陥って逆境にあるとき、内に引き籠って孤独の中で過ごすよりも外に出るべきであろう。インターネットの世界の見知らぬ他人から解決法を得ようとする前に、見知らぬ他人が生活している実際の世間そのものに、まず出て行くことから始めるべきである。

 周辺の人から同情を得て自分の心を癒やすのもよいが、それは一時的な対症療法に過ぎない。その「怒りや悲しみ」など全く関知しない「見知らぬ他人」と一緒に時間を過ごすのが、一番の解決方法なのである。そして、そんな悩みのことなど何も知らない人々と日々生活するのである。それが、心の健康を取り戻すための一番の近道ではないかと思うのである。

【追記】本文のリライト版【素歩人徒然】「怒りを抑える」も参考にしてください。

2010年2月2日火曜日

授業に出席することの意味

 学生を相手に授業をしていると興味深い経験をすることが多い。学生の考え方に驚くとともに、考えさせられたり教えられたりすることもある。
 ある時、女子学生がやってきて病気で入院していたので、その間の授業を出席の扱いにしてほしいと言う。「病気で休んだのなら欠席ですよ」と言うと、「病気になったのは私の所為ではないから、当然出席の扱いにすべきです」と主張するのであった。私が受け付けなかったので、彼女は大いに不満そうであった。他の授業では、それで通用していたのであろう。

 このことがあってからは、私は最初の授業の時に「病気で欠席したのを“出席”にして欲しいなどという無理は、言ってこないでください」と念を押しておくことにした。
 ところが、次の授業の時に今度は男子学生がやってきて「この時間は毎週歯科医で歯の治療を受けなければならない時間なんです。ずっと出られないのですべて出席の扱いにしてくれませんか」と言う。「そんなことはできませんよ。欠席は欠席です」と答えると「そんな理不尽な!」とあきれた顔をされてしまった。私の判断が理不尽なことなのだろうか。治療時間は変えられないと言う彼に向って「それでは、直ってから私の授業を受けに来たらどうですか」と言うしかなかった。すると「ずっと治療を続けねばならないので、それでは永久に卒業できません」と言う。あきれた顔をするのはこちらの方であった。

 要するに、彼らにとって授業に出席するということは、授業の内容を学ぶことではなく出席記録を残すことなのであろう。他の先生方は、このような要求をそのまま受け入れていたらしいのである。

 最近の新型インフルエンザの大流行で、大学も特別な対応を迫られることになった。インフルエンザに罹ったら無理に登校せず、休むようにと学生を指導している。後で証明書を発行しそれを提出すれば“出席”の扱いにするよう先生方にも通達が出された。どうやら大学側も、出席記録にこだわっているらしい。こうなると私も、インフルエンザ病欠者を“出席”の扱いにせざるを得ない。しかし、その間に出された課題を欠席のために出来なかった学生はどのように扱ったらよいのだろうか。出席記録の変更だけで事が済む話ではないのである。

 一般社会では、インフルエンザに罹ったからと言って会社が出勤扱いにしてくれる訳ではない。無理して出勤するか、あるいは休むかは自分で決めなければならないのである。そこで大人の判断が求められるのだ。普通は休むであろうが、自分が出かけて行ってその日の内に手続きをしなければ会社の存続にかかわるような問題を抱えているのであれば、当然出かけていかなければならないであろう。休んでしまって、後でインフルエンザに罹ったからと言い訳はできないのが一般社会のルールである。社会人ともなれば、常にどう行動したらよいかと自分で適切に判断しなければならない。それを出来るのが社会人なのである。

 インフルエンザに罹った学生に対して“出席”の扱いを認めるのは、実は学生を一人前の大人とみなしていないことを意味するのではないか。出席記録を残したくて無理に登校し、それが原因でインフルエンザ感染が広がってしまっては困った事態になる。大人ならどう行動すべきか自分で判断することが出来るが、学生の場合はその判断が出来ない可能性があるから、一律に“出席”の扱いにしているのである。私は学生にこう話している。「君たちは一人前の大人とみなされていないんですよ」と。
 学生は「“出席”の扱いにしてもらえた」と喜んでばかりいてはいけないのである。

【追記】本文のリライト版【素歩人徒然】「大人の判断」も参考にしてください。

2010年1月16日土曜日

好都合な真実

 情報倫理の授業の中で、私は学生に“多様性”ということを教えなければならない。つまり多様な意見の存在を認めようということである。意見を異にするからといって阻害したりせず、意見が違うことを認めた上で共存することの重要性を教えるのである。その際に、航空幕僚長の地位にいた人の書いた論文に言及したことがあった。日本が、かつて侵略国家であったか否かの論文で物議をかもし、辞任に追い込まれた事件の直後だったからである。そして、あれは公の地位にいる人の発言としては好ましくないということで問題になったのであって、私人なら何の問題も起こらない。人は誰でも自由に意見を表明できるという話をしたのである。更に、これは言わなくても良かったのだが、「他の歴史学者の著作の中から自分に都合の良い主張だけを集めてきて、自身の主張を展開しているらしい」と、どちらかと言えば批判的に、新聞紙上から得た知識を紹介したのである。もちろん、その論文をどう解釈するかは学生の皆さん個人の問題ですが、と抜かりなく言い添えておいた。

 授業が終わってから一人の学生がやってきて「先生はあの論文を読みましたか?」と質問してきた。私が読んでいないと答えると、「私はすべて読みました。そして全部、ちゃんと理解しました。先生は読んでいないのに批判するべきではありません!」と言うのであった。「私は読んでいないけど、自分の意見を述べるのは構わないと思いますよ。意見を述べるな、と発言を封ずるのは間違っています」と私は答えたのである。

 たった今、多様性について教えたばかりなのに、自分の気に入らない意見はすべて封殺しようとする姿勢が見え見えであった。最近、こういう若者が増えてきているのはよく指摘されるところである。インターネット上の掲示板などで論争が起こると、必ず誹謗中傷、暴言へと変わっていくのは誰でも知っていることだ。私がその論に関して何か論文を発表するのなら、それは当然読む必要があろう。しかし単なる意見を言うだけなら、新聞の解説記事から得た知識程度で十分であろう。私は読む必要を感じていなかっただけのことである。もっとも、大学の先生というものは学生に対し常に中立の立場でものを言うことが求められると錯覚している人も多いから、微妙な問題で自分の意見を表明する先生が珍しかったのかもしれない。

 その学生との議論はそこで終わったのだが、私は、本当はその学生にこう言ってあげたかった。もし、貴方がもっと日本の歴史を勉強していれば、簡単にはその主張に同意できなかったでしょう、と。「私はすべて読みました。そして全部、ちゃんと理解しました」という一言が気になったのである。著者の主張に不都合な真実はすべて無視し“好都合な真実”だけを集めてきて構築された主張に対し、日本の歴史をよく勉強していない人が疑問を差し挟むのは難しいであろう。ましてや反論などできるはずもない。

 ところで、我々はインターネット上の検索システムを用いて色々なことを調べられる世界にいる。その結果、学生が提出するレポートの多くが、検索結果の切り貼り(“コピペ”と言うらしい。いやな略語だ)で作られていて問題になっているのはよく知られた事実である。私自身も、ちょっと疑問に思ったことは手軽に調べられるので、検索結果から便利に知識を得ている一人である。

 しかしインターネットのない時代には、我々は書物を読むことによって多くの知識を得ていた。一冊の書物を苦労して読み、自分なりに理解し、その過程で少しずつ自分の頭の中に知識の体系を構築していったものである。つまり本を読むという作業は、その本全体の文脈をたどりながら、自分の中に新たな知識の体系を移し替えていく作業と言えるのではないか。自分が以前から持っていた知識と織り交ぜ、必要なら修正をほどこしつつ構築していくのである。

 一方、インターネットを通じて知識を得る場合は、そのような過程を通らないことが多い。検索結果から得られる短い情報からは、原文全体の文脈をたどることはできない。自分の欲しい情報だけを“つまみ食い”しているようなものだからである。知識として消化し自分のものにする前に、その記述自体を自分の知識と錯覚しダイレクトに使ってしまうのである。そして、それが習慣になってしまうと、つまみ食いされた“好都合な真実”のみを用いて、結果として“不都合な真実(主張)”をでっち上げてしまうことになる。先に述べた論文を書いた人も、それを読んで「ちゃんと理解した」と信じてしまった学生も、私自身も、たいして変わらないことを日々やっていたような気がしてきたのである。反省すべきであろう。

【追記】本文のリライト版【素歩人徒然】「インターネット検索の功罪」も参考にしてください。

2010年1月1日金曜日

初心者ブロガーの経験

 私めは、昨年の4月に初めてブログを開設した“初心者ブロガー”である。

 ブログを開設する気になったのは、今流行りのブログなるものを自分も一度は経験してみたかったからである。それまで長年に渡ってHTML形式のホームページを構築してきて、少し疲れを感じていたこともある。毎月定期的にエッセイを書き、それを友人達に読んでもらった後で(まぁ、査読してもらっていた、ということですね)多少の手直しをしてからホームページ上に掲載するという“楽しみ”を長年続けてきた。しかし最近は、病妻の介護という仕事が増え、大学の授業の準備、学生から提出された課題レポートの処理・・・と、いろいろな仕事が増えてきてじっくりと時間を掛けてエッセイなど書いている心理的な余裕がなくなってきたのである。妻の介護度が更に高くなるのにともない、そろそろホームページの運営も限界だなと感じてきている。そこで、もっと手軽に書ける(ように思われる)ブログに目を付けたのである。9か月ほどブログを楽しんできたが、これも残念ながら尻すぼみになりつつある。新しい年を迎えるのを機に、もうひと頑張りしたいと思っているところである。

 短い期間ではあるがブログを使ってみて、HTML形式のホームページとの違いが明確になってきた。ブログに掲載される記事は、常に先頭にあるものが最新の記事であり次の記事の掲載とともにプッシュダウンされて次第に下の方へ沈んでいく(要するに古くなるということですね)。下に沈んでいったものは、物好きがサルベージしない限り、二度と読まれることはないように思われる。それに対し、HTML形式のホームページ上の記事は、うまく整理し分類しておけば何時までも新しい記事と同様に読まれる可能性を持っている。もちろん、そのためには記事内容の鮮度が高くなくてはならないが。

 この両者の特長を生かすにはどうしたらよいかが、ホームページとブログとをドッキングさせる上での課題であろうと考えている。詳しくは 素歩人徒然「ホームページとブログの併用法」を参照されたい。