2015年1月1日木曜日

2014年12月25日木曜日

微分解析機

 先日“微分解析機」再生”というニュースが新聞各紙で報じられた。国内で唯一現存する微分方程式のアナログ計算機が、東京理科大学の近代科学資料館で70年振りに再整備され動作するようになったという内容であった。

 たまたまこの日は、同期の友人達が久しぶりに学内を見学したいというので、私は案内役を依頼され集まることになっていた。そのため、私はその新聞を読む暇もなく朝早くに家を出てしまっていた。集合場所に着くと友人の一人がこの新聞記事の切り抜きを取り出して「これを是非見たい」と言う。私はそのニュースのことは知らなかったが、最初から資料館を見学コースに入れていたので丁度良いタイミングだと思ったのである。

 そこで、卒業以来一度も大学を訪れたことがない友人もいるので、一応構内を歩き主だった建物を見学した後、近代科学資料館へと向かった。

 東京理科大学の近代科学資料館は、科学技術の発展の基礎を担ってきた計算技術の発展の歴史をたどることができるよう「計算機の歴史」が展示されている。古代から現代までの代表的な計算道具、計算機械を網羅する世界有数のコレクションを誇っている場所である。先人達がいかに努力を重ねて今日の社会を築き上げてきたか、その道筋を実物によって体感できる貴重な場となっている。また江戸時代の和算書や明治初期の理数教科書の所蔵館でもある。

 概略以下のような計算道具が展示されている。以前私が訪れた頃より更に内容が充実してきているようだ。

(1)算具・そろばん
 算木、そろばん
(2)計算尺 機械式計算機Ⅰ
 フーラー計算尺、手動計算機、クルタ計算機、アリスモメーター計算機
 電気計算機、マーチャント電気計算機
(3)機械式計算機Ⅱ 
 手動計算機、タイガー計算器
(4)電子式計算機
 電子式卓上計算機
(5)大型計算機
 Bush式アナログ微分解析機
 FACOM201パラメトロン電子計算機
 UNIVAC120(真空管を用いた第一世代コンピュータ)
(6)パソコン・コンピュータゲーム


 さて問題の微分解析機は、大型計算機のコーナーに置いてあった。見覚えがある! なつかしい! 私の在学中、2号館のお濠りが見える側のフロアーにそのまま置いてあったのを思い出した。何しろ図体が大きくて適当な置き場所がなかったのであろう。場所としてはお濠りの見える側の絶好の位置に置かれていたが、ところどころ部品が欠けていたりして到底動作しそうには見えなかった。それを動作するよう整備し直したのだから驚きである。確か、清水辰次郎先生が大阪大学から移って来られたときに持ってこられ、大学に寄贈されたものと聞いていた。

 微分解析機コーナーのそばの柱には、清水先生の写真が額入りで掲げられていた。見学している友人の中に清水先生のゼミの一員で、当時先生にお世話になった人がいたので当時のことに話が及んだ。私を含めてその場にいたほとんどの者が清水先生の「実用数学」の授業を受けていたのである。授業の課題のレポートで苦労したことも思い出された。

 解析機のそばでそんな思い出話で盛り上がっていると、近くにいた研究者の一人が我々に近づいてきて話に加わり、微分解析機の説明と再整備の苦労を自ら詳しく話してくれた。
 微分解析機は、積分器3台、入力卓1台、出力卓1台で構成されていた。当時はそこまで理解することはできなかったが、古いものをそのまま保存することの大切さ・難しさ実感したのであった。

 話に加わってくれた研究者が今度は逆に我々に質問してきた。清水先生の写真を指して「なぜ白黒写真しかないのですか?」と言う。私は一瞬びっくりしたが「当時はカラー写真はなくて、モノクロばかりだったんですよ」と答えた。

 いや、いつ撮影された写真か分からないから何とも言えないが、正確に言えば、カラー写真はあったと思う。しかし高価でかつ技術的に色調の経年変化に耐えられない時代だったから肖像写真には向いていなかったと考えるべきであろう。

 「古いものをそのまま保存することの大切さ・難しさ」というのは計算機械に限らず、あらゆる技術分野で考慮されなければならない問題だと思った次第である。
 そうだ、私の持っている「世界初のノートパソコンT1100と「初代ラップトップコンピュータ(T3100)も、いずれはこの資料館へ寄贈することにしよう。

2014年12月3日水曜日

「便器のふた」をホームページ上に掲示しました

トイレでは、便器のふたを閉じてから流す」のリライト版を「便器のふた」というタイトルでホームページ上に掲示しました。

 http://www.hi-ho.ne.jp/skinoshita/sture120.htm

2014年11月14日金曜日

トイレでは、便器のふたを閉じてから流す

 洋式トイレを使った後は、ふたを閉めてから水を流すようにすると良いそうである。このことを以前知った当初は、私もしっかりと実行していたのだが、その後なんとなくやめてしまっていた。
 最近、再びこの話を聞いたのは朝方ベッドの中でうつらうつらしながらラジオを聴いていたときである。話していたのが医者だったからか、途中から真面目に聞き始めた。したがって、どこまで正確にこの話を紹介できるか自信はないのだが、概略以下のような内容であった。

 医者が言うには、患者の喉から大腸菌が検出されたことがあり、その原因を追究することになった。そして最終的にトイレを使用したあとの水を流す時に発生するしぶきが原因だと特定したのだそうである。しぶきが飛ぶとそれが細かい霧状になって空気中を浮遊する。これが口や鼻から体内に吸い込まれる。そして、
 ・肺炎
 ・溶連菌感染症
 ・副鼻腔炎
 ・口内炎
などの原因となるらしい。
 男性用の小便器(立ってするタイプのもの)もかなりのしぶきが飛ぶので衛生的には問題がある、とのことであった。

 これ以下は、私めの感想である。
 しぶきや霧がどの位の高さまで来るのかは分からないが、大人より背の低い子供の方が被害を被る確率が格段に高くなるのではないかと思う。
 もしかすると、子供が溶連菌にやられる事例が多いのはこれが原因ではないかと思う。いくら子供に「手洗いの励行」を言っても(しっかりと実行しているのに)あまり効果がないように思われるからである。「子供は病気になりやすい」とよく言われるが、もしこれが原因であったら盲点を突かれたことになる。

 私はもう10年位前から小用の時も便座に座る習慣にしている。これは自分でトイレ掃除をするようになり、その汚れ具合のひどさを知ったからである。先ずは、汚さないように使うことが第一であると考えた。男性の中には「立ってやらなければ男が廃る」などと言う者もいるけれど、そういう人にはトイレ掃除を毎日やらせることである。

 なおも私めの感想(いや、妄想と呼ぶべきかな)は続く。
「女の子より男の子の方が病気になりやすい」という説がある(これは医学的にも信憑性が高いらしい)が、この原因ももしかすると男子用トイレ内での飛沫の霧被曝(?)が原因ではないかと思うのである。
 試しに、小便器(urinal)というものを廃止したらどうかと提案したい。そして男の子には立ったままでの小用をやめるよう教育する。外出先で小用をたすとき、公衆便所などにある壁あて式の「ストール型小便器」が利用されているが、これが衛生的に一番危険な場所ではないかと思う。飛沫がどの高さま達するのかは知らないが、幼い男の子の背の高さ位に達するのは容易に想像がつく。

 小便器の廃止という英断(文部科学大臣を説得すればよい)が下され、教育機関から小便器が一掃されれば、数年後には男の子も女の子も同じ健康状態になれるのではないか。これが更に普及し一般化すると、高速道路等の休憩所にあるトイレなどでは、男女とも長い待ち行列が発生することになるかもしれない。これも男女格差をなくすという観点から見れば、望ましいことではないかと思うが、どうであろうか。

 トイレのふたの話が、男女格差をなくすという社会問題に及んでしまった。炎上すると困るので、このくらいにしておこう。

2014年11月4日火曜日

おかしな解釈

「生きた言葉」と「死んだ言葉」のリライト版 「おかしな解釈」をホームページ上に掲示しました。

   http://www.hi-ho.ne.jp/skinoshita/sture119.htm

 寝床の中でラジオを聞いていたら、生島ヒロシさんが「煮詰まる」という言葉を使っていました。前後の文脈から、明らかに「行き詰まった」というおかしな解釈の方で使っています。“おかしな解釈”の世代間ギャップは、もうそこまで迫ってきているのですね。驚きました。

  テレビやラジオのアナウンサーが使いだすと、世代間ギャップは確実に身近な存在となってきます。もうかなり前から、NHKのアナウンサーは世論(せろん)を「よろん」と発音していますね。世論と与論(せろんとよろん)を区別できない世代間ギャップは、もう確実に私の後ろに迫っています。飲み込まれそうです。怖いですねぇ~。■